「すべてが水の泡」の怖さ抱え臨んだ初のレベル4飛行
ドローンオペレーション代表、出口弘汰氏
何かあった場合のためにいろいろ想定
――名前と仕事を教えてください
株式会社ドローンオペレーション(東京都千代田区)代表取締役社長の出口弘汰です。会社の業務内容は、製造企業や開発企業向けの産業用パイロット支援サービス、開発支援、評価支援サービス、調査、点検、測量などの請負、コンサルティング、講習やトレーニングなど人材育成事業などです。そのほかに個人として、実証実験を請け負ったメーカーのサポート、開発事業者向けの開発試験、評価試験向けのパイロットサポートなどをしています。
――その仕事が社会にどう役立つことを考えていますか
最近の実証実験での仕事は、物流などに使うためレベル3やレベル4で飛行するケースが増えています。特にレベル4飛行は始まったばかりで歴史が浅く、社会に知見がたまっていません。今後、レベル4が社会実装されるにはどうすればいいのかを関係者全員で積み上げていく必要があります。(編集部注:レベル4飛行には、認証を受けた機体を、必要なライセンス所有者が、国土交通大臣の許可・承認を受けた場合に可能になる。出口氏はレベル4飛行の操縦者に求められる国家資格「一等無人航空機操縦士」の最初の取得者の1人だ)。私はパイロットの立場としてそれを考えサポートをしています。私の経験のフィードバックを通じて、社会実装の役に立ちたいと思っています。
――国内に前例のなかったレベル4飛行のパイロットを最初に務めた経験は貴重です
日本初のレベル4飛行は、2023年3月24に東京都西多摩郡奥多摩町で行われました。日本郵便株式会社(東京都千代田区)の実証実験でした。私はその運航責任者兼パイロットとしてフライトを担当しました。奥多摩郵便局から日原街道を北上して、個人宅への郵便配送を想定した物流での実証実験で、有人地帯(第三者上空)で補助者なし目視外飛行を実施しました。飛行はトラブルなく予定通り実験を終えることができ、終わったときにはほっとしました。今回の飛行は何かあった場合のために、いろいろと想定しておくことが必要なフライトでした。
――想定した「いろいろ」とは
レベル4の飛行では第一種型式認証の機体を扱います。第一種型式認証の機体を取り扱うにあたって飛行規程と呼ばれる機体の取扱説明書のようなものがあり、それがパイロットに提供されます。飛行規程には、機体の仕様、使用条件、機器が故障した際に表示されるエラーのリストなどが記されています。まずは飛行規程に沿う形でフライトプランを設定し、それに対して発生し得るエラーを想定し対策を練っておくことが必要になります。エラーがどこで発生した場合にこういう対処をするということを事前に検討しておくということです。今回もそれを準備したうえでフライトに臨みました。
――最大のポイントは
リスクの大きさです。レベル4飛行は、リスクが最も高いとされる「カテゴリーⅢ(特定飛行のうち飛行経路の下に立入管理措置を講じずに第三者上空を飛行すること)」の飛行の一部です。レベル3飛行までは、もともと第三者の立ち入りがない場所で飛行する前提なので、万が一ドローンが墜落しても人にぶつかるなどの危険性は低いのですが、レベル4でのトラブルは、第三者に危害を与えうるリスクを伴います。
認証機体は安心材料 現実とライセンスの差も実感
――実施したことは
最悪の事態を想定したときの対処、フライトプランの設計段階で緊急時の移動、自動的に機体側で移動する設定など、とにかく第三者に危害が及ばない設定をしました。また、運航組織全体として安全管理に取り組みました。
――責任の重さは
レベル4案件の依頼を頂いたとき、最初に責任の重さを感じました。第三者上空を飛行させるということは人を死傷させてしまうかもしれないこと。また、制度を利用した初のフライトであることで今振り返ってもドローン人生を賭けるようなフライトだったと思っています。様々な方が汗水垂らし制度を作り、機体の認証を取り、申請をしていました。そこまで考える必要はないかもしれませんが、それらを背負い、そして人には絶対危害を加えないという覚悟で操縦席に座る。なので、もし何かあった場合、これまで築いてきた経験、実績、すべてが水の泡になる。正直そんな怖さも感じていました。
――それを引き受けた勇気の後ろ盾とは
今回の機体が型式認証を受けた機体であったことは大きいです。安全性の認証を受けていますので、パイロットとしてこの機体を扱うことへの安心感はありました。
――とはいえ安心だから気を抜ける訳ではない
安全性は担保されているものの、最悪の事態が起こる可能性はゼロではありません。たとえば落ちた場合、機体はどうなるのか。今回の機体はパラシュートが開き落下速度が緩和されます。でもパラシュートが開くまでどう対応すべきなのか。マニュアルで介入して第三者に危害を加えない回避操作をしなければならないことも想定していました。
航空機でも聞く話ですが、初めて認証を取得した機体は、実際に現場運用されていく中で(それまで想定していなかったことが)色々と見つかることがあります。その時にどういった対応を即座にしないといけないのか、その定められていないところに関してもパイロット側で心積もりをしておくこと、そしてそれに対処できる知識レベルが求められます。しばらくはそういった段階にあると思っています。
――一等ライセンス所有者でも考えることは多いのですね
安全に操作できるという点で、一等ライセンスにも関わってくる基本的な技能はもちろん必要です。その意味で一等ライセンスは必須と考えます。ただ一等ライセンスの技量と、実際のレベル4飛行、実際の型式認証機体の取り扱いとの間には、ありとあらゆる部分で埋めなければならないギャップもあります。
――ギャップとはたとえば
フライトプランを設計するノウハウ、リスクアセスメントなどいろいろあります。ひとつ例をあげると、目視外で飛行させるにあたり、特に物流では遠くに飛ばさなければならないのですが、その状態でGPSが効かなくなったときにFPV映像だけで今自分がどこにいて、どこに向かえばいいのか、地理的感覚をしっかり認識した上で飛行させないといけません。そのためには、パイロット自身がしっかりとルートについて把握することが必要です。不測の事態に備えたマップを作成する知識も必要です。こうした現場での対応力が大切です。
――レベル4の社会実装にさらに充実させるべき要素がある
はい。「無人航空機操縦者技能証明」は今後も充実させていくことになると感じます。フライトプランの設計能力もそうです。例えば物流のためにレベル4飛行をさせる場合に山を越えて飛行させることがありますから、どこにウェイポイントを置くとよいか、フェイルセーフを発動する分岐点をどこで区切るのかなど、実際に飛行するにはとても重要です。こうしたフライトにあたっての運航設計が実務とライセンスの間で埋め合わせる必要があると思います。リスクアセスメントも現場で飛ばす前の準備に関するところなどに、今後の充実が必要だと感じます。
――運航者に委ねられている部分がある
運航者全体の習熟度が一定のレベルに上がってくれば、運航設計は似てくると思います。ただ習熟している人がまだほんの一握りです。ドローンでの物流に関しては社会実装がこれから進めていく段階ですので、我々のように実証実験のパイロットとしてノウハウを蓄積して安全に飛ばせるパイロットでなければ、プランの設計は難しいと思います。一等ライセンスを持っていても、使用する機体や現場経験が乏しい場合にはドローン物流を担うのは難しいと考えます。
レベル4飛行成功の意味はドローン物流の新時代の扉を開いたこと
――レベル4物流を担うパイロットの育成に必要なことは
いきなりカテゴリーⅢ、レベル4飛行ではなく、その前にまずはカテゴリーⅡの中で、実現させたいレベル4飛行と同じようなシナリオのレベル3の飛行経験を積むことが必要だと思います。まずは実際に飛ばすことで分かること、感じること、やってみないと分からない部分が多いことを把握する必要があります。今のフェーズではフライトプランの設計や国家ライセンスと現場のギャップの埋め方を教える体制が万全とはいえません。今後、自分の経験を講習などの形で提供するなどして、人材育成に力を入れたいと考えています。レベル4飛行の社会実装には、認証機体が増えることと同じぐらい、しっかりと教育を行ない、運用できる人材を育てることが重要です。
――レベル4飛行成功が持つ意味とは
ドローン物流で新しい時代の扉が開かれたと感じました。将来ドローンで配達を受ける個人の方、ドローン物流に参入を考えている企業、これから型式認証を目指しているメーカーなど、様々な立場の方にとって歴史的なフライトだったのではないかと思っています。
――レベル4飛行はどこまで日常に
これまでレベル3などの実証実験を経験する中で、「ドローンがここまで来てくれると便利だよね」と配達先でたくさんの声を聞いてきました。社会実装されることで、そういったところでお役に立てればいいなと夢見ながらやってきた部分はあります。運航側にとってもレベル4が進むことで社会実装しやすくなると思います。私自身も今まで実証実験を5、6年とサポートしてきましたので、そろそろ社会実装に向けた運航にシフトしたいとの思いが強くなっています。認証を受けた機体がより多く出てくることが実装を円滑にすると思っていますので、機体メーカーに対して開発サポートや実装サポートを進めています。
農学部学生からスタートしたドローン人生
――もともとレベル4のパイロットを目指した人生だったのではないですよね
私は大学の農学部出身です。大学の研究としてドローンの写真測量の精度がどのくらいのものなのか、測量にドローンが使えるのか、などの調査や研究をしていたのがドローンへの入り口です。在学中からドローンを使っていて、その中でドローンが面白いと感じるようになりました。ちょうどドローンレースがはやっていた頃で、私も大学でドローンレースのサークルを立ち上げて活動をしていました。そこで基礎となる操縦技能を磨きました。空き時間はずっとシミュレーターで練習をしていました。今となってはとても貴重な時間だったと思っています。JUIDAとの繋がりは大学院に通っていたころ、ドローンのイベントを通して株式会社skyer(スカイヤー、大山町<鳥取県西伯郡>)の宇佐美孝太代表とつながりができました。そこで、宇佐美さんが講師をされていたJUIDAの認定スクールに通いました。
――卒業後もドローンだった
大学を卒業後大学院に進んだのですが、そこでもドローンに触れてドローンの業務への興味が増しました。それで、ドローンの測量や撮影に幅広く携わっているベンチャー企業に就職しました。それが職業としてのドローン人生のスタートです。
――ドローン業務の幅が広がった経緯は
関わるタイミングがすごくよかったのだと思っています。2018年からは国産機体メーカーで日本初のレベル3飛行のプロジェクトに関わらせていただきました。当時は、物流の分野はほぼ未開拓で人材もいませんので、実証実験で経験を積ませて人を育てる流れがありました。その中で私もレベル3飛行の経験積みました。そのときからの経験の蓄積や、今回のレベル4飛行に使用した機体に習熟していることなどが、今回のレベル4飛行の運航責任者に繋がったと思っています。
安全、法令順守など当たり前に付加価値つけたい
――現場の出口さんはいつも楽しそう
現場は好きです。ミッションを達成できたときの満足感は高いですし、それが私でないと厳しかったね、と言って頂けたときは、これまでの経験が役に立っていると実感できて嬉しいです。ただ現場に出てばかりだと会社が回らなくなるので、次世代の若いパイロットの育成にも力を入れます。メーカーへのサポートと別軸で、運航者としての意見がしっかり反映された機体を世に送り出すことが社会実装を進めることになるとも考えています。社名をドローンオペレーションとしていますので、ドローンの運航会社として社会実装の動きを推進していきたいと思っています。
――仕事で大事なことは
いろいろありますが、人とのつながりは大事にしたいと思います。これまでの経験は実証実験のサポートなどどれひとつをとっても、私一人でできたわけではありません。チームや、同じパイロットとして動いてくださる方々との信頼関係があってこそ、今までやってこられました。今後もそういったつながりを大切にしたいと考えています。今回のレベル4も、つながりに基づいた信頼があったからこそ任せていただけた部分もあります。今後も信頼関係は地道に築いていきたいと思っています。
――これからドローンを始める方へのメッセージを
ドローン業界は人との繋がりで案件に関わらせていただいていることが多いと思います。ライセンスを取っても、実績がないと信頼されにくい面があります。実績がない場合に、それを補うのが人とのつながりです。運航に携わる人材の輪に入ってみるなど、信頼関係を築いていくことが役にたつことになると思います。輪の中には見学者、補助者、目視員などいろいろな立場があります。輪に入ってつかめることがあると思いますので、是非入ってみてください。また、ライセンス制度が始まり学ぶべき情報が整理されています。その知識を身に着けて、航空法、電波法など法律を犯さないと心に決め、しっかり学ぶ。そして現場経験を積む。当たり前のことですが、安心、安全、法令遵守をしっかり学ぶ。それが土台になります。
――腕のあるパイロットは皆さん、当たり前を大事にしておられます
当たり前のことは、ともすればわずらわしいと感じる可能性があります。たとえば法令に違反することに慣れてしまうと、当たり前のことをやらなくなってしまいかねません。申請、リスクアセスメントなど、まじめにやっている方々が損をしないように、当たり前の価値を大事にするパイロットが選ばれるような、当たり前に付加価値が付く世の中にしたいと思っています。ぜひ違反することなくちゃんとやる経験を積んでほしいと思います。
――ありがとうございました。
出口弘汰(でぐち こうた)
大学在学中よりドローンに魅せられ、以後パイロットとして、数々の実証試験や開発・評価試験に携わる。2023年2月14日、「一等無人航空機操縦士」技能証明書を初交付日に取得。同年3月、豊富な飛行経験と知識が評価され、国内初となるレベル4飛行による荷物配送の実証実験の運行責任者・操縦者として抜擢され、有人地帯での目視外飛行を成功に導く。ドローン業界の第一線で活躍する一方で、実証から実装までのハードルの高さを実感し、自らが、そのハードルを乗り越えることができるピースとなるべく、2023年5月、株式会社ドローンオペレーションを設立。「ドローンが社会の役に立つ未来を創造する」を企業理念に掲げ、組織強化にむけて人材育成に励むなど多忙な日々を送る。
株式会社ドローンオペレーション:https://www.drone-opr.co.jp/company