ときにドローンを選択しない「ドローンの専門家」
楽しくおもしろく人を楽にする道具は工夫しがいがいっぱい
時間の大半を下準備に使う“手順好き”
――お名前とお仕事の紹介を
「小林宗(こばやし・しゅう)です。『ドローンの専門家』と名乗っています。ドローンは今後、広がっていくものだけでなく、なくなっていくものもあると思っています。たとえば今でこそ当たり前に使っているコントローラーを、そのうちに持たずに動かすことが当たり前の時代が来る可能性があると思っているのですが、そのときには、ドローンにいかに命令するのか、いかに管理するのかが大事になってきます。その大事なことに取り組むときに、『操縦士』や『パイロット』でよいのか。『ドローンの専門家』と名乗るのは、ドローンに関しては何でも引き受けるという思いがあるからです。現在取り組んでいることに固執することなく、頂くオファーは基本的には何でも受けるようにしています」
――小林さんはお書きなったコラムで記録や点検記録簿をオリジナルで作っていることを伝えています。オリジナルであることは大切ですか?
「そこをとりたてて大切にしているわけではありません。ないものは作るというスタンスなので、そのときにないものを作ると、結果としてオリジナルになる、ということです。また何かを作る時には目先の目的だけにとらわれないよう、のちに使うときに使い勝手が悪くならないように気を付けています。点検記録簿などを作る時も記録するときの手間だけでなく、別の作業やのちの利便性などトータルでの手間を見て作っています。アメリカの第16代大統領リンカーンの言葉に、木を切るためには、切ることよりも斧を研ぐことに多くの時間を使うという有名な言葉があります。
<”Give me six hours to chop down a tree and I will spend the first four sharpening the axe.”
Abraham Lincoln=エイブラハム・リンカーン
『もし木を切り倒すのに6時間与えられたら、私は最初の4時間は斧を研ぐのに費やすだろう』>
私も目先で楽をするよりも最終的に楽になるために準備をすることに時間をかけています。何かに取り組む前に、道具を調達したり、手順を考えたりと、そんなことに時間をかけて、その後の取り組みが円滑に進むように心がけています。どうも私は基本的に、究極的に楽をしたいタイプのようです。あと、手順が好き、というのもあります」
――「ドローンの専門家」の「専門性」についてはどう考えていますか?
「独立した2020年からそのように名乗っていますが、当初は『ドローン』さえつけたくないと考えたこともありました。一方で、ある程度軸足がどこにあるのかがわかるように、カテゴリー付けをすることも大事だと考えたこともあって、このように名乗っています。ご依頼の内容によっては、最終的にドローンを使わないことを選択することもあります。たとえば手持ちジンバルで歩いて撮影するほうがご要望に応えられる場合などです。ドローンを使った方がいいのかどうか、という判断も含めての『ドローンの専門家』です」
空撮から産業系へ、そして講師へ
――これまでのお仕事は
「空撮に始まり産業系に移り今は教える仕事がメインです。出発点となった空撮ではテレビCM、ミュージックビデオ、映画などを撮ってきました。産業系が増えたことに伴い、空撮の割合は減ってきています。だから業務内容について、空撮に関しては過去のことなので詳しくは自分からは話さないようにしています。産業系は、コロナ禍が始まるちょっと前の2018年、2019年あたりから、高感度カメラでの夜間撮影や実証実験系、ハイパースペクトルカメラをつけての農作物の育成状況チェック、壁面の確認など、そういう仕事が入ってくるようになりました」
――教える仕事は
「ひとつはJUIDA(一般社団法人日本UAS産業振興協議会)系のドローンスクールと国家資格の講師。もうひとつは株式会社Liberaware(リベラウェア、千葉県千葉市)製の点検用マイクロドローンの操縦方法の講師です。リベラウェア製ドローンの操縦の教え方は、それまでとは全く違います。完全に産業系なので教え方が特殊なんです。受講生も多くは建設業界、インフラ産業の方などです」
――JUIDA講師をしている意味は
「国土交通省の登録講習機関をかかえていることや、監査実施団体であることが大きいです。実態のない団体も多くある中で、組織としてしっかりしていて歴史もあるので信頼があります。ドローンでは国際規格も大切なので、JUIDAには世界共通の規格を作っていただきたいとも思っています」
工夫しがいのある仕事、ウェルカム!
――仕事を獲得するための活動は
「普通は営業活動がビジネスの基本なのかもしれませんが、株式会社アマナ(東京都品川区)グループのドローン空撮部門airvisionに属していた時代から営業活動のようなことは、ほぼしたことがありません。入って来た仕事だけで成り立っています。これはすごく珍しく恵まれたパターンだと思っています」
――やりたい仕事とは
「変化のあるもの、聞いたこともない仕事や変わった環境の仕事が好きです。工夫のしがいがあるものが好きなのだと思います。たとえば荷物を背負って山を2時間登らなければいけないような仕事、と聞くと、大変な肉体労働を伴うので人によってはいやな仕事になるのかもしれないのですが、私は全然いやじゃないんです。むしろおもしろく感じるのでそういう仕事はウェルカムです」
――ドローンを操縦する腕は仕事にはどれほど重要ですか
「確かに今はドローンの腕が必要なことが多いと思います。ただし今は過渡期なのだと思います。今後はむしろドローンの腕は必要ではない時代が来ると思っています。カメラがいい例です。フィルムを使うことが当たり前の時代には、写真を撮るために多くの技術が必要でした。フィルムを使わない今ではだれでも簡単にきれいに撮れます。技術がまったく不要なるとは思っていませんが、ドローンの腕を最も重要と位置付ける時代は過ぎていくと思います」
「付随するもの」への理解の重要性
――仕事をとるための活動はしたことがないという話がありました
「先ほどもいいましたように私はとても運に恵まれていまして、運で仕事を頂いていると言っても間違っていないと思っています。なので、私についての話はあまり参考にはならないかもしれません。ただし一般論としていえることはあります。ドローンの仕事をしている方にとっても、ドローンは道具の一つでしかないということです。ドローンについて詳しくても、ご依頼主の要望に応えるためにはそれとは別の手段もあるかもしれないし、別の手段のほうが適切かもしれない。そこでドローンのこととは別に、ご依頼を受ける仕事内容や、やりたいことに付随しているものを覚えればよいのではないかと思います。依頼側の業界の事情や、現場の状況なども、仕事に応じて知っておくことが重要かと思います」
――たとえば
「撮影がしたい場合は、まず地上の撮影方法を身に付ける。そうすれば、カメラが三脚に据えられているのか、飛んでいるのかの違いを使い分けさえできればいいことになります。点検業務であれば、ドローンだけで終わることはありません。壁面の点検なのか、コンクリートの診断なのか、その方法を学び、ドローンを点検棒の代わりに使うことになる。そういう姿勢が大切だと思います。さらに言いますと、1人でドローンだけで済む撮影はなかなかありません。データのやり取り等を含め、共通言語が必要になります。たとえば建設現場に入るとします。そうすると、安全靴を履かないといけなかったり、フルハーネスを使わなければいけなかったりすることがあります。それができないだけで現場に入れないこともあります。依頼する側の事情を理解して、道具の使い方、言語がわからないと、仕事ができないということにもつながります。仕事を受けるということは、受ける仕事の事情を理解していることを前提として、そのうえでドローン、ではないかと思います。少し前なら、ドローンは飛ぶカメラだ、ということだけで重宝されましたが、今はだれでも飛ばせる時代ですので」
知らないことを吸収する楽しさ
――そこで信頼されると紹介で仕事が増えることも?
「あります。何年も前に一緒に仕事をした方から連絡をいただくことや、紹介で連絡いただくこともあります。ありがたいことだとつくづく思います。ですから繋がりはとても大切だと思っています」
――運の良さと仕事先の事情を理解することとは関係があると考えますか
「それも、あるのかもしれません。私、知らないことを吸収する力には自信があるんです。たとえば、プラントに入るときは事前に現場教育を受けないと入れないのですが、私はあれが大好きなんです。脚立は危険だとか、現場で靴ひもをちゃんと結びましょうとか、作業着のチャックはちゃんと上げましょうとか、そういうことから始まります。なぜ、これをわざわざやるのかというと、過去に怪我をした人が多いからだと思うんです。そこを吸収していくのが好きなんです。その業界では当たり前のことでも、世間一般では知られていないことを学び、吸収するのが好きなので、新しいことでも受け入れられてきたのかなと思います」
――根っから好奇心が旺盛なところもありそうですね
「そういうところはありますね。一等の国家試験でも固定翼の旋回の半径を求めろという問題があり公式が出てくるのですが、なぜこの公式になるのかが気になるタイプです。そこまで手を出すと勉強の範囲が広がるので今回は公式を覚えるにとどめましたが。なぜこうなっているのかの付随したところ、どうしてここに至ったのかの事情が知りたいんですよね。工学部機械科出身だからなのか、理屈で理解するのが好きなんです」
――ところで、講師として教えることは小林さんにとってどんな意味がありますか
「ドローンの業界は機材もすぐに新しくなって移り変わりが激しい世界です。せっかく身に付けた技術だから使える技術の内に出し惜しみせずにどんどん伝えていこうという考えでやっています。最初から講師をやろうとは全く思っていなかったのですが、スケジュールを埋めていくと結果的に講師として活動する割合が多くなってきていまして流れに身を任せていたら教えることがメインになっていました」
今でも指が震えることも
――教える時に心がけていることは
「実は私、自分は教えることには向いていないのではないかと考えています。まず操縦に関しては苦労した経験がない。やっていたらできるようになっていたので、自分の常識が世間に通用しないということに講師を始めてから気づきました。講師をして初期のころは、受講生がなぜできないのかが理解できなかったんです。なぜこの人はできないのだろう。なぜこの人はわからないのだろう。そう思っていました。なので今は、受講生はわからない、という前提で、どこがどうわからないのかを紐といて、自分にとって当たり前のことをかみ砕いて伝えることに注意しています。もともと不得意だったことを克服した人で、それを言語化することが得意な人が向いているのではないかなと思っています」
――自己評価とは別に、小林講師は受講生には大人気です。教えた受講生にどうなってほしいと考えていますか
「私がドローンの仕事をずっとやっているのはやっぱり楽しいからです。せっかくドローン業界に足を踏み入れたのなら、最終的にはその楽しみをわかってほしいです。実際にはかなりきついこともあります。精神的負担はかなり大きいので、大型案件などは緊張で指が震えることもあります。これだけやってきても指が震えるんだと自分で驚くこともあります。精神的にはタフでないとやっていけない仕事ですが、それでもやっぱり楽しいんです。その楽しみをちょっとでも感じてもらえるようになるといいなと思って教えています」
――楽しいと言い切るドローンの魅力とは
「空撮に関しては視点が大きく変わることです。人間にできないことをやる。こんなことできるんだというのが面白いところです。最終的には楽をするところがあります。例えば下水道の点検や、壁面点検など高所作業車に乗らなければならない点検など、危険を伴う仕事をドローンが担えば事故も防げるし人手不足も解消できる。近い将来、あちこちにあるドローンをモニター越しに操作するだけで点検が終わることになると思います。結果、楽に繋がる。科学技術はそもそも楽をするための発展だと思うので、楽にするために工夫する。それができるのがドローンの魅力だと思います。
実写で再現できないCG映像もドローンなら再現可能に
――初めてドローンに触れた経緯は
「もとをたどると、車が好きだったのでバスの架装会社に就職したことかなと思います。レントゲン車を作ったり、払い下げられたバスを塗装しなおし仕様変更したり、民間の救急車を作ったり、そんな仕事をしていました。車好きは変わらないのですが、その後CG製作にも興味があったので、車のCG製作会社に応募してみました。するとその縁から親会社に入社することになりました。親会社も車のCGを作る会社なので、CG製作はほぼ素人でしたが車の仕組みは詳しいので重宝されました。というのも、車の仕組みを知らない人がCGをつくると、アクセサリーが変な付け方になったり、エンジンの動画も逆回転になったり、技術的な狂いが出ます。もともとビジュアル系をやっていたわけではなかったのですが、そこで一から学ばせていただきました。その会社が、広告ビジュアル制作の株式会社アマナ(東京)に吸収されて、その後しばらくした頃、役員がラジコンヘリに一眼レフカメラを付けて撮影できるという新聞記事を見つけ『これからはこれだ!』と、社内で新規事業『ドローン空撮部門airvision』事業が立ち上がりました。スタッフの公募があったので、応募して発足当時からドローンに関わることになりました。これが仕事としてドローンを始めるきっかけですね。当時はもちろんドローンという言葉はまだありませんでしたが。もともと機械をいじったりするのは得意でしたので、ドローンは初めてでしたが挑戦しました」
――そこからドローン人生が始まったのですね
「そうですね。実はドローンとCGとは近いものがあるんです。私も最初、撮影のことは全く知らなかったのですが、たとえば垂直上昇はCGでは簡単に作れるのですが、実写で撮影するとなると実は難しいんですよね。クレーンだけでは撮れなくて、レールが必要になる。俯瞰で撮影するのも実写ではとても大変なんです。実際のカメラでは制限はあるけどCGでは自由に作ることができる。でも実写で出来ない動きをCGで作るとリアル感が薄れるので、当時はよく文句を言われたものです。でも、ドローンはCGの動きとほぼ同じ動きを再現できるので、これは近いものがあると思いました」
――その視点があったのですね
「そうですね。たとえば校門から校庭に入って、その後校舎の窓から教室に入る映像はドローンならではだと思います。クレーンでは絶対できないですからね」
――読者にメッセージをお願いします
「全ては好奇心ですね。あんまり否定せずに、どうやったらできるかを考えていろいろやってみることが大事だと思っています」
――ありがとうございました
小林宗(シュウ・コバヤシ)
ドローン専門家。2012年 アマナグループにJOINし、ドローン空撮部門に参加。操縦だけでなく、機体の開発、改良などメカニックも担当。映画「魔女の宅急便」では国内で事例がほとんどない中、RED社のEPICを搭載して250回以上の全フライトを担当。2016年 NHK大河ドラマ「真田丸」タイトルバック、自動車会社、鉄道会社などのCMにも多く関わる。2018年頃から産業用ドローンの分野でも活躍の場を広げ、現在はAirWork ドローンアカデミー、株式会社リベラウェア、JUIDA登録講習機関など講師としても活躍中。
大の車好き。機械好き。時代の流れに心地よく身を委ね、未来思考な姿勢は崩さない。旺盛な好奇心はドローンにとどまらず、新しい環境、言語、ルールなど、新しい全てを吸収し学ぶことを何よりも好む。クリエイティブ精神あふれる彼の周りはいつもワクワクで溢れている。
2020年アマナグループを退職し雑機屋として独立。