第2回:阪口 公恵さん / 株式会社 TADACO JAPAN ドローンパイロット・コンサルタント

「誰かの役に立ちたい」は変わらない

「営業しまくり」から、紹介が紹介を呼ぶ連鎖に

               (株)タダコジャパン 阪口公惠

――今のお仕事を教えてください。がっつりドローンに関わっておられるのですか?

はい、がっつりです。やっとドローンでご飯を食べさせてもらえるようになりました。仕事の内容は、映像制作、ソーラーパネルや建物の外壁などの点検、そして最近多くなってきたのが、法人向けのコンサルタント業務。たとえばドローン事業を立ち上げたい、というご相談に対応させて頂きます。これがメインの3本柱です。

――ご自身はドローン関係の資格も取得しておられましたね。

JUIDAの『無人航空機操縦技能証明証』と『無人航空機安全運航管理者証明証』をまず取得しまして、その後、球体ドローン『ELIOS』(スイスFlyability社製)などで石油化学工場を点検できる技能の証明する資格『JUIDAプラント点検専門操縦士』を取りました。DJI JAPANの『DJI CAMPスペシャリスト』も持っています。

――ところでドローンに関わりはじめたのは数年前でしたね。

スタートは2016年でした。JUIDAの認定を取得したころからのスタートです。私は株式会社TADACO JAPAN(滋賀県大津市)の取締役で、当初はドローンとは別の業務をしていました。JUIDAの資格を取ったタイミングでドローン事業部が出来まして、映像制作からドローンの仕事を始めました。撮影したのはビルなどの大きな建物で、地上のカメラを使った撮影に、ドローンを使った俯瞰的な映像も加えるようになりました。そのうちに取引先から、より大きな建物の撮影依頼を頂くようになり経験を積み上げることができました。たとえば東急リバブル株式会社(東京都渋谷区)様から業務委託を頂いていて、大きな建物、たとえばビル1棟などの映像撮影のご要望を頂くことがあります。そういうときにこそドローンの出番となります。

――取引先からの依頼を受けて出動するスタイルですか?

途中からそうなりました。でも最初はそうではなかったです。ご依頼を頂ける立場でもなかったので。当時は私の方から営業しまくっていました。めちゃくちゃいろいろな方に会いに出かけて、連絡を取って、声を掛けて、異業種交流会にも参加して。仕事をしているお友達にも、ドローンと関係しそうな部署につないで、とお願いして。考えられることはすべてしたと思います。

――当時はどう売り込んだのですか?

まだドローンそのものが珍しかったので、それだけで耳を傾けてくれることがありました。興味をお持ちいただけたらすかさず、『ドローンを使った映像を制作します。ドローンで撮影したいな、とか、こんなところでドローンがあればこんなことができるかな、ということがあれば、何でも仰ってください』とお伝えしました。名刺も配りまくりました。SNSでも発信しました。自分の名前や顔をみたらドローン、と言われるようになるまで続けようと思っていました。それこそ初対面の人にも、旅先で会った方にも『私、ドローンやってます』と言っていました。インスタグラムの名前も『♯droneladykimmy』です。

――徹底してますね。最近はそうではないのですね?

はい。おかげさまでようやく少し知られてきまして、幸運にも実績を作ることができたこともあって、いまはご紹介で仕事が回っています。お取引先様から別の事業者をご紹介頂き、そちらのお仕事をさせて頂いたら、そこからも別の事業者をご紹介頂いて、という感じで、紹介の連鎖でお仕事をさせて頂いてます。ドローンを初めたころには想像もつかなかったことです。

振込明細で乗り切った受講から、「誰かのために」を原動力に本業へ

――お仕事が増えると、インタビューも難しくなりそうですね。きょうはせっかくの機会なので、いろいろ伺います。なぜドローンを始めたのですか?儲かると思っておられたのですか?

もともと航空業界の客室乗務員になりたくて専門学校に通っていました。英語も空も、空を飛ぶ飛行機も大好きだったので。大阪外語専門学校のエアライン学科です。その後は、客室乗務員やグランドスタッフを諦めて英会話講師をしていた時期があったのですが、その頃に家族が『これからドローンって来るで』って言ってきて。何も知らなかったので『何それ?』って聞いたら『空飛ぶんや。カメラとか付いてて海外とかでは飛んでるやつもある。これからすごい熱いで』って言われたんですよ。『何が熱いねん!』って思いましたけど、空を飛ぶ、というので興味がわいて、それで調べはじめました。そうしたらJUIDAスクールを見つけて。いくらかかるかと思ったら30万円もするやんか、という話になって、そのとき家族が『お金、出してあげようか?』って言ってくれたんですけど、こういうものは自分でお金を出さないと頑張らないと思ったので、30万円を貯金から切り崩して自分でお金を払いました。当時の振込明細は今も大事に持っています。これを取り返すまで絶対やる。と、当時決めたんです。飽きっぽいんですけど、楽しいと思うことが見つかるまで絶対に続ける、と決めました。それが今まで続いています。

――振込明細が転機の記録なのですね。

自分で出してよかったと思っています。当時は調べてもPhantom1、Phantom2ぐらいしか出てこない。全体像が分からなかったところもさらに面白そうだなと思いました。

――学んだ体験は楽しかったですか?

そこもいろいろありまして。私はDPCAさん(『一般社団法人DPCA』https://dpcajapan.org/)のスクールに通ったのですが、20人のクラスの中で1人だけ女性だったんです。19人は男性。そうしたらラジコン好きな先生と、ラジコン好きな受講生の男性に囲まれていて、アウェイに感じてしまって。6日間のうち3日目まで泣いてたんです。『もうやれない』って家族に泣きながら電話して、帰ろうかなって思ったりもしたんですけど、そのとき『頑張れ。6日だけやないか』って言われて。そうや、って思い直しました。ここで頑張ったらなにかあるぞと思って。それと、その20人のクラス、キャンセル待ちに出る人気講座だったんです。それだけニーズがある世界だろうと感じました。ドローンでいろんなことができるようになるのなら、その最初から最後までを見たいと思いました。

――そのころ、取材させて頂いた記憶があります。

はい。確か、ドローンが浮き輪を投下すれば人を助けられる、と言っていたと思います。人命救助を含めて、誰かのためにドローンが役立つなら、できることを全部やりたいと思っていました。

――「誰かのために」は大切ですか?

はい。誰かのためにやりたいです。具体的なやりたいことは、客室乗務員、英語講師と変わってきましたけど、自分の中では『誰かの役に立ちたい』は変わらないです。いつも考えています。今もそれを実感するために仕事をしているのかもしれません。

――それを実感した出来事にはどんなことがありましたか?

59才の女性の経営者の方にお目にかかったときのことです。初対面のときに彼女は『来年で定年だから、抱えている仕事をほかの人に割り振って自分は引退しようと思う』っておっしゃっていたんです。私は、その方に届いたドローンのお仕事を代わりにお引き受けしていたのですが、お付き合いをしているうちに彼女が少しずつ変わってきて、今、現役なんです。『60才になる前だけど、後10年頑張ろうと思う。阪口さんに出会って、私もドローンを頑張って、今までの人脈を使って営業しまくる』って言ってくださって。とても生き生きとされていて、それを聞いたときにはとても嬉しかったです。ほかにも、大きな会社の部長さんで、定年後には草むしりでもしようと話しておられた方が、ドローンに出会って考えが変わられて、ご自身でMavic2PROを買って、定年後もドローンでできることをやりたいとおっしゃるようになったんです。目視員でもいいからやりたいと。そのとき『阪口さんに僕の残りの人生を変えてもらった』って言って頂けたことが嬉しかったです。ドローンが誰かの光になるのなら、すごく嬉しいと思って。

――人の支えになれたと実感しますね。それにしても影響力、大きめですね。

女性経営者の方は、今3台のドローンをお持ちなんですよ。『私は操縦しないけど、阪口さん操縦して』って。

――その方、10年後にも『あと10年がんばる』って言いそうですね。

そう思います。そうあってほしいです。

――なぜ、そのように人に影響を与えられると思いますか?

はっきりとはわかりませんが、確かなことは、私自身が誰よりも楽しいんです。お仕事なのでお金を頂くのですが、それが申し訳ないと思うほど楽しいので、もしかすると、楽しさが伝染しているのかもしれません。それと、私はメンバーに恵まれています。ドローンは1人ではできないので。キャンプさながらの荷物を持っていきます。一緒に行くメンバーや、当日の撮影メンバーにも恵まれています。この人達と一緒だったら何でも引き受けられるって思うくらい。

自分の専門の「丸」とドローンの「丸」の重なった部分はたとえ小さくても大きな強み

――ところでいまお仕事で使っている機体は?

Matrice300RTK、Matrice210RTK、Inspire2、講習のときにはPhantom4PROも使います。Mavic3、Mavic2Pro、Mavic2zoom、あとはトイドローンなどです。

――ドローンに関わる前と後で違いがあれば教えてください。

ドローンに携わる前は、私はすぐ諦めて生きてました。飽き性というか、何でも続かないんです。三日坊主って言葉が当てはまるような人間だったんですけど、ドローンに関しては7年やらせてもらっていますので、今のところ英語の次に続いています。辞めてやりたいとか、泣きたいとか、泣いたこととかもありましたけど、それも経て、ずっとやっててよかったな、これからも続けたいなって本当に思うっています。辛抱強くなりましたし、根性もつきました。

――あと、ドローンの人、になったからこそ見えてきた課題はありますか?

ドローンにはルールがあって、ドローンの進化とともにルールも変わっていきます。そのルールは『誰か』や『何か』を守るためにあります。ルールを破るとそれを危険にさらします。ドローンのメリットが強調されすぎて、ルールに違反するような運用を求められることがあることに、課題を感じています。お仕事の依頼はすべてありがたいです。ただ、あんな風に飛ばせればいいのに、などとわからずに依頼される仕事の話も増えました。使いさえすればいい、というメリットばかりの世界ではないことも知ってもらいたいです。ドローンに関わるルールや法律は10以上あります。もちろん分かっている方はいます。一方分かっておられない方もいます。分かっていない方が、分かっていない業者に依頼すると安い価格で仕事になることがあります。そうなると、そちらが広がる恐れがあります。ルールはメリットとバランスがとれるように周知できたらいいと思います。

――女性であることの損得を感じたことはありますか?

スーパーゼネコンさんとお仕事させて頂いたときにびっくりしたのが、事務所に行ったらほとんどの方が女性なんですよ。ゼネコンで女性。そこで私が感じたのが、一括りに『ゼネコン=力仕事』っていうのは何も知らない人のイメージだということです。ドローンの仕事には、営業も広報も目視員もバッテリー交換もあり、すべて女性ができます。操縦も親指2本でできます。女性でないとできない心配りもあるかもしれません。いまは男性が多いのですが、そのうちひっくりかえることがあるのではないかって、私は思っています。

――これからドローンで活躍したいと思っている方に向けてアドバイスはありますか?

最近、30年ほど東京で派遣業を経営しておられる社長さんにお目にかかったのですが、その方がおっしゃるには、技術の上手下手より、挨拶ができるとか、ありがとうが言えるとか、そういうバランスのいい人が必要とされているということです。私も人としてのちゃんとしている人になれるよう心がけています。あいさつをするとか、期限を守るとか、時間を守るとか。それがドローンに限らず、信用につながるのだと思います。準備期間も、納品の後も、人って見てくれていると私は思っています。それと、ドローン以外のことも役立てることができると知っておいてほしいです。私の場合は、以前に英語講師をしていたのですが、それがあってJUIDAさんからシンガポールの学校に行かせて頂いて講習をしたり、オンラインでマレーシアの学校の方に教えたりという機会がありました。もともと自分の持っている専門の丸とドローンの丸の重なったところは絶対自分の強みだと私は思っています。測量士さんがドローンを得てドローン測量ができるとか。もともと自分の強みがあるはずなので、それと自分とドローンを重ね合わせてみてほしいです。小さくてもいいんです。重ね合わせるところがあればそこは自分が思っている以上に大きな強みです。

――有意義な時間でした。ありがとうございました。

こちらこそありがとうございました。

<インタビュー/村山繁>


阪口公惠(さかぐち きみえ)

和歌山県和歌山市生まれ。子供英会話講師を経て、2016年にドローンと出会う。アメリカやシンガポール、マレーシア、中国での講習・業務実績を多数保有し、日本のみならず海外でのドローンの活用にも注力している。

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