凄腕より被写体の魅力を優先 趣味からアフロ契約作家へ
ドローンはセカンドライフから
ーー 林さんはアフロ(東京都中央区)の契約作家としてドローンで撮影した映像をまじえた素材を提供しておられます。アフロからも林さんを推薦する声を頂きました。読者のみなさんにご自身の紹介をお願いします。
林成樹(はやし・しげき)と申します。もともと学生時代から写真が好きだったので、フィルムやカメラを扱う企業で働いていました。ただスタッフ部門が長く、写真と直接関わることがないまま忙しく会社員時代が過ぎました。「なんとか定年後は大好きな写真や撮影に関わった仕事をしたい」と思っていたものの、写真撮影も動画撮影も市場はレッドオーシャン。しかも自分のレベルではプロのカメラマンに太刀打ちできないこともわかっていたので、まだ市場が発展途上のブルーオーシャンだと感じた空撮を始めようと思いました。2016年のことです。そこで、JUIDA認定校のデジタルハリウッドロボティクスアカデミードローン専攻コース(デジタルハリウッド株式会社/東京都千代田区)で、田口厚講師(憧れのドローンパイロット第3回)の元で空撮について学び、2017年に卒業しました。
ーー セカンドライフがドローンのはじまりだったのですね
定年後は全く異なる業界に再就職をしたのですが、そこの広報部門から、私がドローンを扱えることを知って声がかかり、その会社の研究所や工場の空撮をすることになりました。ドローンが今の本業と関わりをもったのはこのときです。またそんなことがあったころ、たまたま旅行先で撮影した映像を、許可をいただいた自治体にお見せしたところ、観光映像として是非とも使いたいと言っていただきました。このときに、撮りたくて撮った映像がだれかのお役に立てるのか、と感じました。さらにはその映像を見たテレビ局からも使いたいとお話をいただきました。趣味で撮影した映像に、対価が発生することになりました。そこでやるからにはきちんとやろうと思い、会社に副業の申請をし、空撮会社を設立し、YouTubeチャンネルも開設しました。2018年4月のことです。その後退職して独立した今は、3つの柱で収益につなげています。「撮影した映像の観光協会・自治体などへの販売」、「アフロへの委託販売」、「特定のお客さまからのご依頼を頂いての撮影」の3つです。
めんどうなことほど価値がある
ーー 収益にするうえで考えていることは?
テレビ局は権利関係や許可関係についての審査がものすごく厳しいのです。許可取りの際のメールでのやりとりもエビデンスとして提出しなければならない局もあります。このことは、撮影の許可取りが難しい場所の映像には更に付加価値があるということでもあります。ならば、ここを強みにしようと思いました。
ーー 許可を取る手間は面倒ではないですか
そういうものだと思っていました。というのも、もともと、空撮をして映像化したいと思ったのが小笠原諸島(東京都小笠原村)だったということが関係します。小笠原は大好きな場所で、30年以上前から何度も訪れています。自然が多くて、そのほとんどが国有林や自然遺産です。ドローンでの撮影には、「小笠原総合事務所国有林課」、「環境省小笠原自然保護官事務所」、「東京都小笠原支庁土木課自然公園係」、「東京都小笠原支庁港湾課」、「小笠原自然文化研究所」、「小笠原村観光協会」、「小笠原警察署」、ほかにも、生息している希少動物の専門家、地元の海運会社などの許可も得ます。特に希少動物である、固有種のオガサワラノスリ(小笠原諸島に生息するノスリの1亜種。学名:Buteo buteo toyoshimai/分類:タカ目 タカ科/絶滅危惧ⅠB類(EN))や、オガサワラオオコウモリ(学名:Pteropus pselaphon/分類:翼手目 オオコウモリ科/絶滅危惧IA類(CR)(環境省第4次レッドリスト))の産卵期や子育ての時期には、ドローンが希少動物を驚かしたり影響を与えることがないように、撮影できないエリアが定められたり、撮影できる時期が限られていたりします。私は、オガサワラノスリの専門家にも相談して、細かく許可を取りました。許可がなかなか取れなくて、全ての許可を取るのに少なくとも3か月はかかりました。またドローンが陸地に墜落したとして、見えていても勝手に入ることができず、回収には小笠原の環境課の方と一緒に行かなければならないエリアもあるなど、様々な規制・制約があります。海上から遠景で撮るには問題はないのですが、陸地で離陸して周辺を撮影するのは非常に許可取りが難しいのです。私は、きちんと手順を踏まえ許可を取り、それらをすべてクリアしたので貴重な映像を撮影することができました。結果としてその映像をテレビ局に使っていただくことになりました。
ーー 許可を取ったからこそですね
はい。一方で残念なことに、ドローンを飛ばす方の中には、許可なく勝手に撮影している方もいて自治体は非常に迷惑をしています。私は、映像のエンドロールやコメントには許可を取ったところをすべて記載しています。これは私のポリシーであり、ほかのドローンパイロットの方々の参考情報として撮影許可先を明示しています。
ーー 手間を価値にできる人とできない人の差を教わった気がします。ところで、最初にドローンを始めようと思ったきっかけも小笠原ですか?
はい。最初はただ「大好きな小笠原を撮りたい」という思いだけでした。世界自然遺産なので写真や動画はたくさんありますが、空撮はあまりなかった。「見たいな、撮りたいな、もっときれいなはずだ」と思い始め、そこから世界が広がっていきましたね。
ーー 林さんの作品には、さまざまな地域のさまざまな季節の表情が納められています
『二十四節季シリーズ』として展開している作品があります。新型コロナウイルス感染症対策としてとられた外出制限の時に、県境を超えることができないため、身近な、それこそ徒歩圏や車で30分以内の場所での地上撮影を始めました。そこで足元にある命、息吹、どこにでもある自然の美しさなど、季節の移り変わりが感じられる心休まる風景を撮影しました。また、ドローンではない地上の撮影の勉強を改めて始めて、地上撮影の映像を盛り込むことをノルマとして自分に課しました。シリーズはまだ完結していません。
ーー 印象深かった出来事はありますか
実は、年間撮影をしていたお寺が火事に遭い、本堂や庫裏など境内全てが焼失してしまい、その後の撮影ができなくなってしまったことがあります。火事の前に撮影していた「秋」の映像を12月に納品していたのですが、その翌月に火事がおきました。「花の寺」として有名だったそのお寺は境内に色とりどりの花がたくさん咲くんです。住職は私が撮影に行くと、花や境内の観音様について熱心にお話をしてくださるんです。住職のお寺への愛情をひしひしと感じていましたので、火事のショックは計り知れない。ただ、お見舞いに伺った際、住職が「全部なくなってしまいましたが、林さんに撮っていただいた秋の一番美しい時期のお寺の姿だけは残りました。その映像が宝物のように残りました」と言っていただけたのです。言葉になりませんでした。映像って、雲一つをとってもその瞬間はもう二度とないわけです。その時に見たもの、いいと感じた瞬間を映像に残す。この仕事をしている者として、冥利につきます。やりがいを感じました。
守るべきものは守り、制約の中で工夫を重ねる
ーー 林さんの映像を見る人は、被写体への愛情を感じると口をそろえます。撮ることを決めてから何をしますか?
時間をかけます。大内宿(福島県南会津郡下郷町)は3日間ほどかけて撮影しました。観光協会と撮影方法や段取りなどについてやり取りをしていく中で、観光地としてだけではなく、そこに住んでいる方々の生活感も取り入れたいと思うようになりました。空撮できる時間は早朝と17時以降に限られますので、日中の地上撮影を挟んで人々の息遣いや観光客との触れ合いがわかる構成にしました。大内宿は特徴的な道が真ん中に1本あります。映像ではその道を軸に生活を営む様子や、明け方から夕方までの時間の移り変わりを織り交ぜました。
ーー 権利関係で大事にしたことは?
肖像権を一番気にしています。総務省の『「ドローン」による撮影映像等のインターネット上での取扱いに係るガイドライン』には以下記載があります。
『行楽地等の雰囲気を表現するために、群像として撮影された写真の一部に写っているにすぎず、特定の本人を大写しにしたものでないこと。』
出典:「ドローン」による撮影映像等のインターネット上での取扱いに係るガイドライン
https://www.soumu.go.jp/main_content/000376723.pdf
上記であれば、プライバシー、肖像権の侵害にはならない、とあります。その範囲でしか撮らないことを重視しました。
ーー そこにも林さんの撮影スタイルの特徴があるように思えます
たとえば私が教わった田口先生は、ご自身も町おこしに参加して町ぐるみでプロモーションムービーを作られています。そういう活動の場合、参加者へのインタビューや人物の撮影ができます。私は事前に動画を提供することを前提にしないまま撮影することがあります。作品に仕上がったあとに、よろしければお使いになりませんか、とご提案するアプローチです。通りすがりの方々や居合わせた方々を撮影することになりがちで、その場合、人物が特定できる撮り方は避けなければなりません。足元だけを映して顔がわからないようにしたり、群像の一部としてとらえてみたり、そういう撮り方をしています。そこは苦労しているところです。制約がある中での工夫をしています。
ーー 制約の中での工夫が演出になっているのですね。撮影にあたりドローンの魅力とは
既視感があると飽きられると思っていますので、その地域の魅力を伝えるのに新鮮な視点は絶対に必要だと思います。空、地上、水中と視点の高さの違いや、朝、昼、夜という時間軸で工夫をこらします。3次元的、時空間的にとらえないと魅力の全体が見わたせないので、それをとらえることを助けてくれるドローンは撮影機材として魅力は大きいと思います。
ーー 全編をドローンで撮りたいと思うことはありますか?
全部をドローンで構成しても飽きられてしまうように思います。空撮では、鳥の目線を意識した映像がありますが、高く上がりすぎた視点からの映像は平面的になりがちです。ドローンはすぐれた機材ですが地上での撮影のよさも組み合わせたいと考えています。私の会社は「SORATOBU」というのですが、実際には「SORA”MO”TOBU」という感じです。田口先生の講習を受けたときに「空撮のためにドローンを使うときには、飛ばすのが目的ではなくて、撮影が目的です。ドローンの飛ばし方も大事ですが、カメラの扱い方の勉強もちゃんとしてくださいね」と言われ、そこは意識しています。
ドローンの操縦技術と伝えたいことは別の話
ーー ドローンの操縦技術を見せるような撮り方はしないのですか?
私が見せたいのは被写体の魅力です。魅力を引き出すのに必要のない技術は使いません。私の映像はむしろドローンっぽくない映像かもしれません。もちろんそういった技術を否定するわけではありません。例えば、伝えたいものがダイナミズムや荒ぶった映像であれば、ぐいぐい寄っていく、スピード感を見せるなど、その主旨に沿っていればその技術が大事になります。私は、その場の空気感をじっくり見ていただきたいので特殊な撮り方はしないです。
ーー 主旨に沿うことが重要なのですね。ところで、アフロとの契約は林さんにとってどういう意味がありますか?
例えば、大内宿の撮影は3日くらいかけているので、かなりの量を撮影していますが、作品に使わない映像が膨大にあります。撮影した側からするとすごくもったいない。ただ、私が作品に使わない映像の中に、別の方が使いたいと思う映像がある可能性があります。そこをマッチングできれば、お互いがWIN-WINになると思います。せっかく撮ったのにもったいない。いいカットだから日の目を見る場所に置いておきたい。アフロとの契約はそういうことですね。
ーー ドローングラファとしてアフロと契約することは一つの目標でもあると思います。契約するためのコツはありますか?
先ほどの話と重なりますが、「ドローンっぽくない映像」「スタンダードな映像」がまず必要です。極端な話、ぐるぐる回るのではなくて真っすぐ飛ばす。ゆっくり寄っていく、ゆっくり引いていく。短い間に色んなテクニックを使おうとしなくていいんです。まずは、被写体を見せること。そういう映像を撮る必要があります。被写体を見る人にとってのスタンダードとは何かを理解すること。簡単なカメラワーク、ゆっくりな動き、ドローンっぽくない動きは、そこだけ切り取るとつまらないのですが、その先には被写体があるんです。そこに向かってのやわらかい動きなので、被写体自体がつまらない、魅力がないと、そんなことをやっても仕方がないんです。
ーー 林さんのHPの「魅力を創造する」という言葉には、風景、生活、人の日常的な営みの魅力を、持てる腕より優先する姿勢がのぞきます
でも、飛ばしていると楽しいんですよ。飛ばしたくてライセンスを取っているわけですから。自分で初めて見る景色なので探求してみたくなります。ただしそれは自分の楽しみなので、被写体を撮ることとは別なんです。最初はドローンを飛ばして全体を映したり回ったりなど下見が必要です。その技術が必要な場面もあるのですが、映像にそれらを入れるかどうかは別の話になります。またドローンも大切ですが、写真を勉強した方がいいかもしれないですね。1枚に凝縮されるという意味では、映像より写真の方がすごいということがありえます。昔に比べて連写で撮るのは簡単になりましたが、連写の中から選ばれた「とっておきの1枚」。これを動画で撮るとどうなるのだろう? これが動いたらもっと綺麗なものが撮れるのではないか? この1枚を基準にして最後はどのカットにしよう? 動画ならではの良さもあるので魅力的に見せるにはどうしたらいいだろう? そんなことを色々と考えて想像することが勉強になっています。
地域や周囲へのコミュニケーションのすすめ
ーー 林さんの作品を拝見しながら、その場所を歩きたくなりました。撮影している林さんの活動ぶりも想像しました
そう思っていただけると撮影冥利につきます。私は撮影の時に腕章をつけていますが、私がドローンを始めた頃はドローンに対する悪いイメージがありました。有名な観光地だとカメラマンの方がたくさんいらっしゃるのですが、そこにドローンを持っていくと地域の方やカメラマンの方から、撮影に邪魔な胡散臭い奴がきたなぁと、ちょっとしたギスギスした雰囲気が生まれることがあります。だから、私は事前に「今日はこういう許可をいただいて撮影をします。お邪魔かもしれませんが、短時間で済ませるのでよろしくお願いします」と、撮影許可を取った先をチラシに明記して配るようにしています。そうすると、お店の方や、カメラマンの方ともコミュニケーションが取れます。「勝手に飛ばす人も多くて困っているのに丁寧ですね。撮影するんだったら、あそこもいいですよ、ここもいいですよ」と、ありがたい情報をいただけることもあります。現場でのコミュニケーション、事前の情報共有、説明。言葉を交わすということは、とても大切なことだと思っています。これは、私が撮影するときの心がけで、今日私が一番言いたいことでもあります。コミュニケーションを取ることで、相手の対応が180度変わってきます。チラシを配って、ちょっと声を掛けるだけで印象は随分変わるので、ドローン業界として、こういうことはちゃんとやった方がいいと声を大にしてお伝えしたいです。
ーー ひと手間を惜しまないことが大きな差になるのですね
YouTubeなどに公開されている映像の中には「特別な許可を得て撮影しています」と表示しているにも関わらず、確認をすると実際には権利者から「そんな許可は出していない。迷惑している」と言われることがあります。映像を公開する以上、どこで許可を得たのか、具体的に示して欲しいと思っています。先ほどもお話しましたが、明示することで、後続の方がどこの許可を得れば撮影できるかがわかります。そして、ドローンに関わる者として、撮影地に迷惑をかけるような行為は絶対にやめて欲しいと思っています。必要な許可はしっかり取り、ルールを守ってお互い気持ちよく撮影をして欲しいですね。
ーー ありがとうございました。アフロからも林さんに対してコメントをいただいております。最後にご紹介して、終わりたいと思います。
株式会社アフロ 担当者からのコメント
JUIDA×AFLOストックフォトビジネスセミナーに参加をいただいてからのお付き合いとなりますが、常に研究熱心な方です。
動画カメラマンとして適切に被写体をとらえる確固たる技術力をお持ちの上で、ストック素材として求められる動画とは何かを深く考え、利用者にとって使いやすい動画素材の撮影を行ってくださっています。
また、撮影以上に面倒な被写体の許諾についても丁寧に行ってくださり、利用者にとって安心安全なストック動画素材をお作りになられている点は弊社としても非常にありがたいです。
特に小笠原諸島の空撮は、特別な許可を取得して撮影したとのことで、貴重な映像となり、TV番組でも何度か採用されました。毎回、新作の納品をワクワクしながらお待ちしています。
林 成樹(はやし しげき)
SORATOBU代表
株式会社アフロ 契約フォトグラファー
映像作家
小笠原諸島を美しく撮りたいという想いから、JUIDA講師、田口厚氏の元でドローン操縦、空撮について学ぶ。
被写体をとらえる技術力が高く評価され、株式会社アフロとストックフォト作家契約を締結。「被写体やテーマをどう映像化するか」を常に追求し、ストックフォト作家のみならず、テレビ局をはじめ多くのメディアへ映像提供を行う。代表作品「小笠原諸島 東京から南へ1,000Kmの夏」は、仙北インターナショナルドローンフィルムコンテスト2020、観光プロモーション部門で入賞。
SORATOBU公式HP: https://soratobu.biz/